大切な人へ|伝えきれない感謝を込めて

大切な人へ|伝えきれない感謝を込めて
今回の記事を書くのは、
発達障害(ASD・ADHD・双極性障害)のみったんです。
凸凹フレンズの代表をしています。
趣味は歌、ギター、知識を増やすこと、たくさん笑うことです。

みったん

Yくんへ|支えてくれて、ありがとう

こんにちは、みったんです。
今日は、普段はなかなか言葉にできないけど、
心の中にずっとある「ありがとう」を綴ってみようと思います。


何度も、人生のどん底から引き上げてくれた人

私はこれまで、双極性障害や発達障害と向き合いながら生きてきました。
気分の波、社会とのギャップ、理解されないことのつらさ――
たくさんの壁にぶつかってきました。

一番支えてくれたのは、大学時代。
当時の私は、障害の症状が今までで一番重く、自分でもコントロールができない状態でした。
その時にそばにいてくれたのが、Yくんでした。


再会してからも、もう一度助けてくれた

しばらく時間が経ち、私たちは再会しました。
そのときには、もう昔のような恋愛関係ではありませんでした。

私が復職できずに苦しんでいたある日、Yくんの方から**「うちに住めば?」**と声をかけてくれました。
驚きと同時に、本当にうれしかったのを覚えています。

でもその後、Yくんは『やっぱり難しいかもしれない』と迷いを見せました。
きっと、いろいろ考えてのことだったと思います。

それでも、私はどうしてもお願いをしました。
迷惑をかけるかもしれないと思いながらも、「助けてほしい」と心から頼みました。

そして最終的に、Yくんは私を家に住まわせてくれました。

その家で、毎朝「会社に行け」と言い続けてくれたYくん。
その言葉は厳しく感じることもあったけれど、
私を立ち上がらせようとしてくれていたこと、ちゃんと伝わっていました。


私にとって、2回命を救ってくれた人

私は、人生で2回、命を救ってもらった感覚があります。
1度目は大学のとき。
2度目は、再会してからのあの時期。

どちらのときも、私ひとりでは立ち上がれなかった。
誰かの支えがなければ、生きる方向に進めなかった。
本当に感謝しています。


うまくいかないことも、たくさんあった

もちろん、いつも穏やかだったわけではありません。
私がしつこく邪魔をしたときには、Yくんに怒鳴られることもありました。
その時は怖くて、傷ついたし、泣きたくなることもありました。

でも、私が癇癪を起こしているときには、
そっと付き添ってくれたり、背中をさすってくれたりしたこともあります。

干渉しすぎることなく、それでも見捨てずにいてくれる。
その距離感に、私は何度も救われました。


これからも、どんな形であれ一緒に生きていきたい

今の私は、寛解期に入り、落ち着いた日々を過ごしています。
でも、双極性障害は「治る」ものではなく、
またいつ発症するかは分かりません。

そんな不安を抱えながらも、私は、
これからもYくんと一緒に生きていきたいと思っています。

恋人とか、家族とか、そういう形にこだわらなくても、
一緒にごはんを食べたり、たまに笑い合えたり――
そんな時間をこれからも少しずつ重ねていけたら、それだけでいいと思っています。


最後に

Yくん、今まで本当にありがとう。
大学で一番つらかった時も、
再会して、動けなかったときも、
あなたがそばにいてくれたから、私はここまでこれました。

どんな言葉を並べても、この感謝はきっと足りないけど、
あなたに出会えてよかった。
そう心から思っています。


将来のかたちについて思うこと

これから先、私たちの関係がどんな形になっていくかは、正直まだ分かりません。
それは、結婚という形ではないかもしれないし、
今のような関係がずっと続くとも限りません。

でも私は、Yくんのことを一生忘れないと思います。
どんな未来でも、
「この人に出会えてよかった」と思える関係でいたいです。

幸せになってほしいと、心から思っています。

そしてもし、年を重ねて、もし離れ離れになったとしても――
たまに会って笑い合えるような関係でいられたら、それだけでうれしいです。


読んでくださって、ありがとうございました。
この言葉が、誰かの心にそっと寄り添えたらうれしいです。