「障害」と生きるって、どういうこと?|私が選んだ“逃げながら生きる”という道

「障害」と生きるって、どういうこと?|私が選んだ“逃げながら生きる”という道
今回の記事を書くのは、
発達障害(ASD・ADHD・双極性障害)のみったんです。
凸凹フレンズの代表をしています。
趣味は歌、ギター、知識を増やすこと、たくさん笑うことです。

みったん

「障害」と生きるって、どういうこと?

私は、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)、双極性障害の診断を受けています。

こう書くと、「なんか重そう…」って思う人もいるかもしれません。
でも私にとっての「障害」は、“できないこと”のリストじゃなくて、
**“生きづらさが起きやすい脳の特性”**なんだと理解しています。

普通の人なら流せるような情報でも、私は受け取りすぎてしまう。
音、光、人の表情、空気の変化、全部がダイレクトに心に飛び込んでくる。
だから、生きてるだけで、静かにストレスを抱えていたんだと思います。


昔の私は、正直…「やばかった」

本当に、今振り返ると「よく生きてたな」と思うくらい、
昔の私は不安定で、ぐちゃぐちゃでした。

思考は止まらない、感情は爆発する、
世界との距離が測れない。
どうやって自分を扱えばいいのか分からなかった。

周りに迷惑もかけたし、自分でもそんな自分を嫌いで、
自己嫌悪と孤独にどっぷり埋もれていました。

でもそれでも、完全に壊れなかったのは、
「逃げながら」でも、生きようとしてたから。

うまくいかなくても、逃げても、止まっても、
なんとかここまで来ました。


工夫して、少しずつ“生きやすさ”を手に入れた

今の私は、まだ100点の自分じゃありません。
でも、「これでいい」と思えるようにはなってきました。

食事を見直したり、薬を調整したり、
安心できる環境を作ったり、
信頼できるパートナーと距離感を調整しながら向き合ったり…。

何度も揺れながら、何度もつまずきながら、
少しずつ、自分なりの「整え方」を見つけてきました。

自分を責める時間よりも、
自分を整える時間を大切にできるようになった。

そうやって今、私は、ちゃんと幸せをかみしめながら暮らしています。


私が「死にたい」と思わない理由

実は、昔は「消えたい」と何度も思っていました。
何度も、何度も。

でも、あの暗い時期を通ってきた今だからこそ、
今の自分がどれだけ尊いか、私はちゃんと知っています。

誰かに認められなくてもいい。
誰かに選ばれなくてもいい。
私は、もう**「自分を見捨てない」**って決めました。

だから私は、生きるって決めました。
何があっても、もう一度立ち上がれるように。


しめのことば

生きてると、しんどいこと、あるよね。
私にも、今でも波はあるし、泣きたくなる日もあります。

でも、**“逃げながらでも生きていい”**ってことを、
私は自分の人生を通して伝えたいです。

そして何より、
自分をちゃんと整えながら生きようとしている人は、
もうそれだけで、すごいと思う。

この記事が、今ちょっとだけ迷っているあなたに、
そっと届いてくれたら嬉しいです。