「障害」と生きるって、どういうこと?|私が選んだ“逃げながら生きる”という道

凸凹のつぶやき

「障害と生きる」とは、どういうことなのでしょうか。

私はASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)、双極性障害の診断を受けています。

ASDやADHDの特性は人によって異なり、困りごとや必要な支援も一人ひとり違います。

発達障害の特性や支援については、国立障害者リハビリテーションセンターの「発達障害情報・支援センター」でも紹介されています。

かつては自分の特性を受け入れられず、生きづらさや孤独を感じていました。

それでも、逃げたり、立ち止まったりしながら、少しずつ自分に合った生き方を見つけてきました。

この記事では、障害と生きる私自身の経験や、今だからこそ伝えたい思いを綴ります。

今回の記事を書くのは、
発達障害(ASD・ADHD・双極性障害)のみったんです。
凸凹フレンズの代表をしています。
趣味は歌、ギター、知識を増やすこと、たくさん笑うことです。

みったん

障害と生きるとは?ASD・ADHD・双極性障害の私が感じること

私は、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)、双極性障害の診断を受けています。

こう書くと、「なんか重そう…」って思う人もいるかもしれません。
でも私にとっての「障害」は、“できないこと”のリストじゃなくて、
**“生きづらさが起きやすい脳の特性”**なんだと理解しています。

普通の人なら流せるような情報でも、私は受け取りすぎてしまう。
音、光、人の表情、空気の変化、全部がダイレクトに心に飛び込んでくる。
だから、生きてるだけで、静かにストレスを抱えていたんだと思います。


昔の私は、正直…『やばかった』

本当に、今振り返ると「よく生きてたな」と思うくらい、
昔の私は不安定で、ぐちゃぐちゃでした。

思考は止まらない、感情は爆発する、
世界との距離が測れない。
どうやって自分を扱えばいいのか分からなかった。

周りに迷惑もかけたし、自分でもそんな自分を嫌いで、
自己嫌悪と孤独にどっぷり埋もれていました。

でもそれでも、完全に壊れなかったのは、
「逃げながら」でも、生きようとしてたから。

うまくいかなくても、逃げても、止まっても、
なんとかここまで来ました。

幼少期から社会人になるまで、ASD・ADHD・双極性障害とともに歩んできた経験については、こちらの記事で詳しく綴っています。

▶ 関連記事:内定通知書と障害年金証書|ASD・ADHD・双極性障害を抱えた私の生存記録


 

障害と生きるために見つけた自分なりの工夫

今の私は、まだ100点の自分じゃありません。
でも、「これでいい」と思えるようにはなってきました。

食事を見直したり、薬を調整したり、
安心できる環境を作ったり、
信頼できるパートナーと距離感を調整しながら向き合ったり…。

何度も揺れながら、何度もつまずきながら、
少しずつ、自分なりの「整え方」を見つけてきました。

自分を責める時間よりも、
自分を整える時間を大切にできるようになった。

そうやって今、私は、ちゃんと幸せをかみしめながら暮らしています。


障害と生きる私が、今は生きたいと思える理由

実は、昔は「消えたい」と何度も思っていました。
何度も、何度も。

でも、あの暗い時期を通ってきた今だからこそ、
今の自分がどれだけ尊いか、私はちゃんと知っています。

誰かに認められなくてもいい。
誰かに選ばれなくてもいい。
私は、もう**「自分を見捨てない」**って決めました。

だから私は、生きるって決めました。
何があっても、もう一度立ち上がれるように。


 

まとめ|障害と生きることは、逃げながらでもいい

生きてると、しんどいこと、あるよね。
私にも、今でも波はあるし、泣きたくなる日もあります。

でも、**“逃げながらでも生きていい”**ってことを、
私は自分の人生を通して伝えたいです。

そして何より、
自分をちゃんと整えながら生きようとしている人は、
もうそれだけで、すごいと思う。

この記事が、今ちょっとだけ迷っているあなたに、
そっと届いてくれたら嬉しいです。

私が人の気持ちを読み取ることに苦労する一方で、国語が得意だった理由については、こちらの記事でも書いています。

▶ 関連記事:人の気持ちがわからない私が、国語で1位だった理由

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